商品コンセプトの言葉選び|いきなり造語しない方がいい理由

棚に並んだ無地の本から緑の1冊が抜き出されかけている様子で、コンセプトの言葉を造語せず既存の言葉から選ぶことを表した手描きイラスト
「育む」は、ちょっと違う。「馴染ませる」でもない。「引き継ぐ」は近いけど、それだけでもない。
あるものづくりの会社さんとの打ち合わせで、そんな時間が続いていました。ブランドコンセプトの候補に「育てる」という言葉が挙がっていて、でも誰も確信が持てない。類語を並べては、首をかしげる。
面白いのは、ニュアンスの共有はもうできていることなんです。長く使ってもらって、時間とともに変わっていく表情を楽しんでほしい。頭にあるのは、少なくとも10年つきあってもらうイメージ。その方角に、チームの誰も異論はない。決まらないのは、それを指す一語だけ。探しているのは広告用のきれいなコピーではなく、自分たちのブランドの芯を指す、まずはチームの中で使う言葉です。
こういうとき、つい「いっそ新しい言葉を作ってしまおうか」と考えたくなります。既存の言葉がどれもしっくりこないなら、発明すればいい、と。
でも僕は、コンセプトの言葉は、いきなり"作る"前に、まずは"選ぶ"ものだと思っています。ぴったりの言葉がないから仕方なく選ぶ、という妥協の話ではありません。受け取る人の中に意味の蓄積がある言葉の方が、ずっと強く働くからです。

方角は共有できた。言葉だけが、まだ仮

コンセプトづくりでは、進みたい方角が先に見えて、言葉があとから追いつく、という順番がよくあります。
「育てる」に確信が持てなかったのも、悪い停滞ではありませんでした。よく考えたら「育てる」は使い道の多い言葉です。人が人を育てるのも、木や花を育てるのも、ぜんぶ「育てる」。自分たちの言いたいことに重なっているようで、少しぼやける。
しかも、当のご本人が「自分が育てたアイテムって何やろう」と振り返っても、なかなか思い浮かばない。それでめちゃくちゃ悩まれていました。
ただ、この悩み方は正しいと思うんです。ニュアンスは共有できた、でも言葉はまだ仮置き。そう自覚できている時点で、概念と言葉をちゃんと区別できています。
危ないのは、むしろここで焦って、言葉を「発明」してしまうことです。

「うま味」は、ゼロからは作られなかった

西洋では長いあいだ、味の基本は甘味・塩味・酸味・苦味の4つとされてきました。
でも、5つ目の味は大昔からあったんです。だしのあの、じんわりくる味。英語圏の人も、ずっと口にはしてきた。ただ、それが独立したひとつの基本の味だとは、名指しされていなかった。
だから日本でこの味に「うま味」という名前がつき、のちに第5の基本味として認められたとき、国際的な用語は英訳されずに「umami」になりました。名前ごと輸入されたかたちです。調べた範囲では、明治の終わりに池田菊苗という日本の学者が名付けて、1980年代の国際シンポジウムを機に「UMAMI」が学術の場でも通じる言葉になっています。
じゃあ、名付けた日本側はゼロから言葉を発明したのかというと、そうでもないんです。池田菊苗が新しい味の名前に使ったのは、誰もが毎日使っていた「うまい」という言葉でした。まっさらな音をこしらえたんじゃなくて、暮らしに根づいた言葉から名前を組んだ。だから日本語の中でも、すっと通ったんやと思います。
この話で面白いのは、順番です。概念のほうがずっと先にあって、それでも言葉が根づくまでに、何十年もかかっている。「たしかにある。でも言えない」という概念が言葉を手に入れるのは、それくらい重たい出来事なんです。
自分たちのブランドの概念に、既存の言葉がぴったり重ならない。それは、むしろ概念がちゃんと固有だという証拠かもしれません。

「ググれ」と、最初に言われたら

「ググる」という言葉は、いまでこそ普通に通じます。
ただ、あれはGoogleが何年もかけて日常生活に入ってきたから、あとから自然に生まれた言葉です。順番が逆だったらどうでしょう。まだ誰もGoogleを知らないころに「ググってみてください」と言われたら、「え、何それ」で終わります。下手したら、ちょっとした拒絶反応さえ起きるかもしれない。
造語には、これと同じことが起きます。作った側には意味が見えている。でも、受け取る側にはまだ何の蓄積もない。言葉は、使われた時間のぶんだけ意味を持つものです。だから、作った側にしか意味の道筋がない生まれたての造語は、受け取る側から見ると「意味の入っていない器」なんですよね。
ブランドのいちばん大事な看板を、意味の入っていない器に預けるのは、リスクが大きい。しかも「うま味」の例のとおり、器に意味が満ちるまでの時間は、何年どころではきかないかもしれません。

「メビる」は、なんで成立するのか

機械部品の調達に、ミスミさんのmeviy(メビー)というサービスがあります。3Dデータを上げると、すぐ見積もりが出るやつです。
そのmeviyの中の人も出ている紹介動画で、見積もりを取ることを「メビる」と呼んでいたんです。「メビりますか」って。造語はリスキーやと言ったばかりなのに、これを見たとき、賢いなと思ってしまいました。
矛盾しているようで、よく見ると順番を守っているんです。「メビる」は、meviyをもう知っている人、興味を持った人にだけ向けられている。意味はサービス名と動画のデモが先に運んでいて、造語そのものには意味を運ばせていない
そして根づいたときの見返りが大きい。「見積もりをお願いして」だと「どこに?」が残るところを、「メビっといて」は手段まで一語に畳み込めます。「ググれ」が「Googleを開いて検索して」の圧縮であるのと同じです。
つまり造語が効くのは、本体が浸透したあとの「圧縮」として。概念を伝える最初の一語、つまりブランドの看板に使うのとは、仕事がまるで逆なんです。

言葉は"発明"せず、"選定"する

新しく作らないと決めたら、やることは、既存の言葉を掘り下げて選ぶことになります。
方法は地味です。類語を並べる。言葉の由来や語源を調べてみる。商品の使われ方を仮に思い描いて、「この場面は、育てるとはちょっと違うな」と言葉と突き合わせてみる。
たとえば「引き継ぐ」なら、それは自分たちが最初に約束することなのか、長く使われた結果として起きることなのか。同じ方角を指すようで、言葉によって立ち位置が違う。商品に当てると、そこが見えてきます。
遠回りに見えますが、この作業のいいところは、言葉を探しているうちに、概念そのものの解像度が上がることです。「育てる」なのか、「引き継ぐ」なのか、「繋いでいく」なのか。行き来するうちに、自分たちが本当に大事にしたいものの輪郭が、だんだん濃くなっていく。
その打ち合わせの終わりごろ、会社さんがぽつりと言いました。「言葉、作るんじゃなくて、選定していく感じかな」と。
僕が渡した結論ではなくて、ご本人の口から出てきた言葉でした。そして、こう腹が決まると探し方が変わります。どこにもない正解の言葉を発明してくる仕事やなくて、自分たちの概念にいちばん近い言葉を、掘って掘って選び抜く仕事。それなら、手が動くんです。
選び抜いた言葉には、あとから「メビる」と同じ報酬もついてきます。チームに根づけば、長い説明をしなくても、その一語で話が通じるようになる。選定した言葉が、今度は自分たちの中で圧縮の道具に育っていくわけです。

おわりに

コンセプトの言葉がしっくりこないとき、足りていないのは、たいてい言葉の在庫ではありません。概念の掘り下げが、もう一段残っているだけです。
もしいま、こんなところで手が止まっていないでしょうか。
  • ニュアンスは共有できているのに、言葉にした瞬間ズレる
  • 候補の言葉がどれも「近いけど、違う」に見える
  • いっそ造語してしまおうか、と考え始めている
どれも、言葉の"選定"に入る手前で起きやすいことです。
あの「育てる」をめぐるぐるぐるも、まだ続いています。ただ、「作らずに選ぶ」と決まってからは、同じ悩むでも、迷子ではなく発掘に近い顔つきになってきました。
僕は、商品の企画やデザインのお手伝いをするときも、社内のチームに伴走するときも、この「言葉を選び抜く」作業に一緒に潜ることが多いです。言葉が決まらないのは、言葉の才能の問題やなくて、掘る場所の問題だったりします。よかったら、気軽に声をかけてください。

この記事は、実際の打ち合わせをもとにしていますが、お相手の会社名やブランドの内容は伏せています。