デザインの方向性が決まらない|好みで選んでいいのか

「僕の好みで言うと、触れ合うのほうが好きですね」
以前、ある会社さんから、新しいブランドの紹介文について意見を求められたことがあります。紹介文というのは、そのブランドが何を大事にしているかを、短くまとめた文章です。一般的には、ブランドステートメントと呼ばれたりもします。そこに使う言葉を「触れる」にするか「触れ合う」にするか、社内で決めきれずにいた。そのときの僕の返事が、これです。
答えたあとで、これは答えじゃなくて僕の好みです、とも付け足しました。このブランドにどちらが合うのかは、あの時点では僕にも分からなかったんです。
プロに聞いて、返ってきたのが好み。ちょっと頼りなく聞こえますよね。でも振り返ると、あのとき僕に言えたのはそこまででした。どちらが合うかを決める物差し、つまり判断基準が、まだ固まっていなかったからです。ブランドの場合、この判断基準にあたるのがブランドコンセプトです。
判断基準が無いまま選ぼうとすると、誰に聞いても好みの話にしかなりません。好きか嫌いかの言い合いになって、最後は声の大きい人の案が通る。商品開発でデザイン案を選ぶときも、ロゴやパッケージを選ぶときも、紹介文の言葉を選ぶときも、起きることは同じです。先に判断基準を決めておけば、全員が同じ物差しで選べるようになります。
同じところで、言葉が2つに分かれた
その会社さんとは、新しいブランドを一緒に立ち上げていました。その紹介文を、ブランドづくりを任されている社内の2人が、それぞれ下書きしてきたことがあります。
並べてみると、同じ箇所で言葉が分かれていました。使う人と商品の関係を、1人は「触れる」と書き、もう1人は「触れ合う」と書いていたんです。
人が商品に触れるのか。人と商品が触れ合うのか。どちらも間違いではないし、どちらもこのブランドに合いそうに見えます。こういう2択は、社内で案を出し合っているとよく出てくると思います。
プロでも、好みでしか答えられないときがある
僕は読んだときから、「触れ合う」のほうが好きでした。お互いに、という感じが出るからです。だから、好みで言えばこっち、とは答えられた。
でも、このブランドに合うのはどちらかと聞かれると、答えられませんでした。その会社さんがブランドとして何を大事にするのか。大まかな方向は2人の間で揃っていましたが、言葉を1つ選べるほどには、まだ固まっていなかったんです。
物差しがはっきりしていないと、プロが見ても比べようがありません。どっちが好きか、としか言えないんです。
物差しが無いと、ズレが見えない
同じ打ち合わせで、もう1つ気づいたことがあります。
その後、2人の下書きを1本にまとめていたのは、「触れる」と書いた人でした。その人は、紹介文の書き出しがふわっとしすぎているんじゃないかと、不安に思っていたそうです。一方で、もう1人はその書き出しを、すごくいいと思っていました。
同じ文章を読んで、片方は不安で、片方は気に入っていたわけです。でも、そのズレはこの日まで表に出ていませんでした。不安だった本人がどこに引っかかっているのかを話して、もう1人はそこで初めて気づいた。
これも、物差しが無いと起きることだと思います。何をもって「いい」とするかを話し合っていないと、お互いの「いい」と「なんか違う」は、誰かが口に出すまで見えません。そのまま、話だけが進んでいきます。
好き嫌いで決めると、どうなるか
この2人は、落ち着いて話し合えていました。でも、いつもそうとは限りません。
僕はプロジェクトの最初の打ち合わせで、よくこんな話をします。判断基準が揃っていないところにデザイン案を出すと、みんな自分の好き嫌いで話し始める。そうなると、結局は声の大きい人や、立場が上の人の意見が通ってしまう。
いちばんこじれるのは、立場が上の人が2人いて、好みが分かれたときです。どちらも引かないので、僕の言い方だと「偉い人2人の主観で殴り合う」打ち合わせになる。好き嫌いの言い合いが、ずっと続きます。
逆に、誰も押し切らないパターンもあります。どっちもいいね、どっちがいいんだろうね、そうだね、で打ち合わせが終わって、次の回も同じところを回る。これも何度も見てきました。
そこにプロの意見を足しても、変わりません。物差しが無いと、プロの意見も好みの1票が増えるだけです。僕の「触れ合うが好き」も、プロの意見というだけで、ほかの票より重く扱われてしまう可能性がありました。
先に決めるのは、判断基準
じゃあ、どうするか。
最初の打ち合わせでは、判断基準の話と一緒に、決める順番の話もします。まず、このプロジェクトは何のためにやるのか、目的を決める。目的が決まれば、何を良しとするかの判断基準が決まる。デザイン案を見て良し悪しを言うのは、その後です。
順番は、目的、判断基準、評価。こうしておくと、立場が上の人が見ても、担当の人が見ても、同じ物差しで「これは合う」「これは違う」を言えます。
たとえば、パッケージの色で2案に割れたとします。目的が「贈り物として選ばれること」なら、売り場で贈り物らしく見えるほうを取る。「自分用に気軽に買ってほしい」なら、手に取りやすいほうを取る。目的が決まっていれば、好き嫌いよりも、その目的に合うかどうかを話し合えます。
ただ、紹介文の2人のように、言葉を選びながら判断基準を固めていくこともあります。そういうときは、まずどちらか1つに決めてみるのが早い。
あの日も、僕は2人にそう話しました。1つに決めて、紹介文を最後まで書き切ってみる。大まかな方向はもう揃っているので、書き切ったものを通して読めば、その方向からずれているところが見えてきます。
好みで決めてしまえ、という意味ではありません。たとえば「触れ合う」でいくなら、人と商品がお互いに関わることを大事にする、という考えになる。その考えを仮の物差しにして、全体を読んでみるんです。合わなければ、言葉も物差しも見直せばいい。言葉なら、間違えてもすぐに直せます。
2人は、1案に絞って、紹介文を全体で読み直すことにしました。
おわりに
2つの案で迷って、誰に聞いても決まらない。そういうときは、案の良し悪しを比べる前に、何を物差しにして選ぶのかが決まっているかを確かめてみてください。
プロに聞くと、好みで答えが返ってくることがあります。それも判断材料の1つにはなりますが、そのまま答えにする必要はありません。決め手になるのは、自分たちで作った物差しのほうです。
僕が最初の打ち合わせで、デザインを出す前に目的と判断基準の話をするのも、そのためです。よかったら、気軽に声をかけてください。
この記事は、実際の打ち合わせをもとにしていますが、お相手の会社名やブランドの内容は伏せています。
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